まず初めに、今回の記事はロシアW杯のあの失点シーンを今更振り返って悲しさと悔しさを思い出す記事ではないです。カタールW杯ではAbemaの放送で全体カメラという戦術カメラの下位互換みたいな映像が誰でも観ることができるので、普段の試合の映像では分析しづらいですが、全体カメラがあれば少し分析しやすいRest defenceについての紹介記事になります。

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4年前の2018年ロシアW杯での日本代表の試合を思い返した時、最も印象に残っているゴールは?と問われた時、皆さんはどのゴールを思い出すでしょうか。私の脳裏に一番に浮かんだのは残念なことに、日本のゴールではなく、ラウンド16でベルギーに許した逆転の3点目でした。

93分、本田圭佑のコーナーキックは直接Courtios(#1)にキャッチされ、ボールはDe Bruyne(#7)に渡り、大きくスペースの空いたピッチ中央をドリブルで持ち上がり、右サイドを駆け上がったフリーのMeunier(#15)にパスを出し、Meunierが中央に出したパスをLukaku(#9)がスルーし、Chadil(#22)がゴールに流し込んだあのゴールです。


当時の私は、ただ「ベルギーのカウンター凄っ、直接GKにキャッチされたのがあかんかったなー、山口何もできてへんやん」と思ったわけですが、Rest defenceの観点から考えるとより、本田選手のCKが直接GKにキャッチされるかどうかに関わらず、CKのキック時には既に、ボックスの外のベルギーの選手の配置のために日本のRest defenceには欠陥があったことに気づきます。



Rest defenceって何?

少々長くなりますが、まずはRest defenceについて説明させてください。

Rest defenceという用語を初めて聞いたという方が多いのではないでしょうか。日本でもプロや指導の環境ではRest defenceという用語は使われているのかもしれませんが、一般的には聞かない言葉だと思います。"rest defence"+日本語のページでググってみましたが、検索結果の1ページ目には海外の大学でサッカーを学んでいる方のnoteの記事しかヒットしませんでした。ただ、noteの記事の日付が2020年であるように、今年になって使われるようになったような最新の用語ではありません。


Rest defenceを検索してみる


FIFAのTraining CentreのRest defenceの記事から引用してRest defenceについて説明します。

Rest Defenceの重要性の高まり

ここ15年間で、守備から攻撃への以降はますます破壊的なものになってきています。相手のボックス内に攻め込んでいても、ほんの数秒間のうちに、ボールのポゼッションを簡単に失い、ディフェンシブサードで後手にまわることになります。このような常につきまとうトランジションの脅威から、ボールを保持しているときに守備組織を意識することは、ゴールチャンスを作り出すことと、同じように重要になりました。現代サッカーではボールを保持している時の守備の構造(一般的にRest defenceと呼ばれる)は、守備を安定させ、また、効果的なカウンタープレスを行うための基礎として極めて重要なものになっている。
THE INCREASING IMPORTANCE OF A REST DEFENCE

Over the last 15 years, the manner in which football teams have transitioned from defence to attack has become increasingly devastating. In a matter of mere seconds, a side that is attacking the opposition’s box can quite easily lose possession and immediately find themselves on the back foot in their defensive third. Due to this constant threat during transition, being conscious of one’s defensive structure when in possession has acquired the same significance as creating goalscoring opportunities. In the modern game, the defensive structure a team adopts when in control of the ball – commonly known as a rest defence – has emerged as a vital step to achieving defensive stability and establishing a platform on which to apply an effective counter-press. 

Barcelonaで活躍したJavi Mascheranoは以下のように語っています。

今日、ファイナルサードでの攻撃から自陣のボックスでの守備までの以降は一瞬にして起こる。ポゼッションを支配しようとするチームは現代のトランジションとカウンターにより引き起こされるダイレクトな脅威を常に意識しなければならない。
Today, you can go from attacking in the final third to defending your own box in an instant. Teams that look to dominate possession must be aware of the immediate threats modern transitioning and counter-attacks can cause them.

つまり、トランジションが非常に重要な現代サッカーではボールを相手のボックス内で持っている時でさえも、ボールを失い、カウンターを受けた際の守備や、カウンタープレスを行うことの備えとして、あらかじめ守備の準備をするということです。

より厳密に書くならば、”Rest defence”はボールのポゼッションを失った時にカウンタープレスとディフェンスへの適切な移行を行うための攻撃側のチームの構造を説明するための戦術用語です。(Total Football Analysisより引用)
Rest defence is a tactical term we use to describe the attacking team’s structure that ensures a good transition into counter-pressing and defending upon losing possession of the ball.

指導者やプレイしていた方なら、Rest defenceという用語を知らなくても、あーそのことね!となるのではないでしょうか。

Rest defenceはPep Guardiolaが偽サイドバックを使う理由や、多くのチームがボール保持時にバランスを取るために、後ろに3-2や2-3の構造を作る理由でもあります。

Rest defenceには一般的には攻撃ラインの後ろに留まって相手のカウンターの試みを防ぐための数人のプレイヤーが関与します。4-2-3-1のシステムでは通常は2枚のMFが後ろに留まって2枚のCBと一緒に4枚でRest defenceを形成したりすることが多いですね。


Rest defenceの構造


今回も、戦術ブログSpielverlagerungの記事を参考にしています。参考・引用部は明示します。また、Rest defenceの説明に用いた図はこれらの記事を参考にしています。


Tactical theory; the various form of rest defenceではRest defenceの構造を以下のように分析しています。(要約)
Rest defenceの構造を設定する時、チームはバランスを考慮し、守備ラインと攻撃ラインの間のスペースに位置する選手は5レーンのうちの中央の3つのレーンをカバーするようにします。Rest defenceはボールを保持している際のフォーメーション・戦術・選手それぞれの能力を考慮してさまざまな形で構築されます。全てのRest defenceには2つの類似点があります。1つ目は構造内に階層構造があること、2つ目はRest defenceの構造の水平方向の幅です。

階層構造

Second lineは相手がポゼッションを得た瞬間にボールに対してアクセスできるように配置されています。このラインを攻撃ラインの後ろに配置することで素早くプレスをかけられます。このSecond lineの配置はチームがどんな戦術を取るかで変わります。ゲーゲンプレスのチームであれば、よりボールへのアクセスを良くするためにSecond lineにより多くの選手を配置することになります。Second lineは守備をより安定させ、中央をコントロールするために非常に重要であり、バランスの取れたポジションを取り、かつプレスに最適な距離を取る必要があります。

First lineは一般的にはハーフウェイラインあたりに配置され、一般的にはCBで構成されます。このラインはSecond lineをカバーすることが目的です。First lineがある理由は非常に明白です。相手の攻撃の選手は自陣内ではオフサイドにならないので、このラインがなかった場合、ロングバスを出されて、得点機を作られます。そのためディフェンダーは相手のアタッカーのすぐ後ろに留まることになります。

一般的にカウンターにおいて使用される幅は中央の3つのレーンを最大幅とします。これはワイドのレーンを使うと、ボールの移動距離が長くなり、守備側のチームが守備構造を立て直すまでの時間を与えるためです。その結果、サイドのレーンは通常カバーされません。

Rest defenceの種類


Tactical theory; the various form of rest defenceでは3つにRest defenceを分類しています。マンツーマン・マンツーマン+1・ゾーンの3つの場合分けのうち全社の二つを紹介します。それぞれの防御(ボールを失った際の)、攻撃について考えてみましょう。

マンツーマン

相手のアタッカーとRest defenceの守備者が同数であるため、わずかなミスでも相手に大きなチャンスを与えることになります。そのため、守備ではボールを失った際の初めのプレッシングが非常に重要です。非常に激しいプレスを行うチームに見られるRest defenceの形といえますね。

攻撃時には高いエリアで相手と同数になり、パスを回しやすい一方で、Rest defenceに参加する選手はマンマーキングで相手のアタッカーについているので、ボール回しには積極的に関与することは難しいと考えられます。

マンツーマンのRest defenceは2vs2が最も理にかなっており、逆に1vs1のRest defenceはほとんど取られません。
このように結論づける論理は長いのでTactical theory; the various form of rest defence参照ください。

マンツーマン+1

多くの監督がこのマンマーク+1の数的な優位性のあるRest defenceを用います。後で紹介する日本対ベルギーの試合の失点シーンでもこのRest defenceの形でした。1枚多く選手がいるので他のディフェンダーに対してカバーができるフリーのディフェンダーがいるため、守備が安定します。以下の選手の配置は2018年のW杯イングランド対コロンビア戦の67分の配置になります。
マンツーマン+1では前線の選手が一人少なくなるのでマンマークと比較すると、より高いエリアでのカウンタープレスが難しくなります。一方でRest defenceの安定性はより高くなっているのでマンマークの場合と比較すると、最初のプレッシングの重要性は下がります。つまり、前線からの激しいプレスを選択する場合、マンマークの数的同数のRest defenceを用いることも想定されますが、そうしないのであれば、マンマークのRest defenceは理に敵わないということです。

また、攻撃に関しては相手のアタッカーに対してこちらのRest defenceは数的優位があるので、ポゼッション段階でより関与がよりしやすいという利点もあります。




Rest defenceに対するカウンター


Rest defenceに対していくつかのカウンターの戦略が考えられます。今回はベルギーがとった戦術のアンレイヤリングのみ紹介したいと思います。


アンレイヤリング

The various form of rest defences Part.2: Counterattackingでは以下のようにアンレイヤリングを説明しています(要約)。
アンレイヤリングとはRest defenceをより不利な位置に引っ張り、お互いのカバーを難しくすることでRest defenceの組織を不安定化させるカウンター戦略です。これは守備側がアタッカーをマンマークしている時により効果的です。

やっと、冒頭のベルギー戦のゴールについて話せますね。ベルギー戦のゴールはまさにこのアンレイヤリングによる攻撃からのゴールといえます。(Rest defenceはオープンプレイの文脈で語られることが多いですが、セットプレーにも適用して考えることができます。)


CKのタイミングから順番に見ていきましょう。1枚目は蹴る直前の配置です。(長友選手#5と山口選手#16とLukaku#9の正確な配置は映像からわからないのでアバウトです。)本田選手#4が左からCKの準備をして、香川選手#10が近寄ります。長友選手がLukakuをマークし、長谷部選手#17がHazard#10をマークします。つまり、Rest defenceの形はマンマーク+1です。Lukakuは高い位置でハーフウェイライン付近の高い位置に留まります。中央のHazardは低い位置にドロップします。Rest defenceのコンパクトさは失われ、Rest defenceの間のスペースが大きくなります。



2枚目はCourtois#1がキャッチした瞬間の配置になります。この瞬間一番早くゴール方向に動き出したのはDe Bruyneでした。

3枚目はDe Bruyneがボールを受けた瞬間です。Hazardは大きく左サイドにドリフトしてマンマークの長谷部選手を右サイドに引っ張ります。この動きで中央にDe Bruyneが直線的にドリブルするための広大なスペースができます。Lukakuは右のハーフスペース端に流れ、マンマークの長友選手を引っ張り、山口選手のカバーを難しくします。このとき、山口選手は中央の底の重要そうな位置にいるものの、相手の攻撃を全く制限することができなくなっています。
Lukakuは中央に走り込み、長友選手と山口選手は縦の位置関係になります。右のハーフスペースのカバーはなくなり、そこに後ろから走ってきたMeunier#15がパスを受け・・・という流れです。

このように見返すと、CKのキック時にはすでにLukakuの高いポジションとHazardのドロップによりRest defenceの間には大きな間隔が作られ、日本のRest defenceに一つ目の欠陥があったことがわかります。
さらにDe Bruyneがボールを持ちドリブルを始めたタイミングで、Hazardが大きく左サイドにドリフトしたためにRest defenceのSecond lineはなくなります。そしてLukakuは右のハーフスペースに流れることでFirst lineでの選手間のカバーが難しくなります。これが2つめと3つめの欠陥です。

改めて考えると、De Bruyneがボールを持った際にはすでに勝負ありなように思えます。このシーンにおいて日本メディアでは、De Bruyneの凄さがよく語られますが、De Bruyneとともに、このカウンターで一度もボールに触れなかったHazardの動きが大きくゴールに貢献していることがわかります。その動きがなければ、中央を直線的にDe Bruyneがドリブルすることができなかったはずです。

では日本の守備はどうするべきだったのか。よく言われるのは、キーパーがキャッチした瞬間にDe Bruyneにパスを出せないようにブロックするという方法でしょう。

93分で、2点追いつかれた状況を考えると、マンマーク+1の構造は適切だったのかに関しては、CKの場合の選手配置はこんな感じのやや不安定に見える配置の場合も多いと思います。ただ、Rest defenceのSecond lineにもう一人残した、マンマーク+2のような構造を取るべきだったのかもしれません。

あるいは、マンマーク+1の構造のままで考えるなら、Courtoisがボールを持ってパスするまでの間に中盤の大きな空洞に山口選手が気づき、できるだけ早いタイミングで、Second lineのエリアに前進し、より早く、De Bruyneにプレッシャーをかけていたら、より早いタイミングでDe Bruyneはサイドにパスし、攻撃のスピードを遅らせることができたかもしれませんね。(山口選手がその判断を即時にあの場面でするのは非常に難しいと思いますが・・・)

より詳細に確認したい方は、Youtubeでフルで見えるのでこちらから確認ください。




まとめ

冒頭にも書いたようにAbemaの放送で全体カメラという戦術カメラの下位互換みたいな映像のおかげで、普段の試合の映像では分析しづらいですが攻撃している際の守備の構造(Rest defence)と守備側のカウンターのための配置と動きが多少みえやすいです。

ドイツ戦も日本の得点機はカウンターからではないでしょうか。ドイツのレストディフェンスと日本のカウンターのための配置と動き出しに注目しながら見てみるとより戦術的に楽しく試合観戦ができるでしょう!!